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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)2175号 判決

原告

菊池慎一

ほか一名

被告

株式会社アズマインターナショナル

主文

被告は、原告らそれぞれに対し、各一二三六万六六〇〇円及びこれに対する昭和五八年七月一一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らそれぞれに対し、各一六三七万九〇四四円及びこれに対する昭和五八年七月一一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年七月三日午後三時一〇分ころ

(二) 場所 神奈川県茅ケ崎市旭ケ丘一二―二七神奈川生協旭ケ丘店搬入口(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 大型貨物自動車(相模一一あ七六八六)

(四) 右運転者 菊池光政(以下「光政」という。)

(五) 被害者 菊池教六(以下「亡教六」という。)

(六) 事故の態様 亡教六は、配送用貨物自動車である加害車(車両後尾に積荷の昇降に適したパワーゲートと称する昇降装置が装備され、これによつて地上の荷物を車両荷台の高さに上げて荷積み、荷降ろしができる構造となつている。パワーゲートは鉄製で、床面は手動スイッチ操作により油圧法で自動昇降するもので、許容重量は一トンであり、パワーゲートによる荷降ろしには鉄製パイプで組み立てられたカゴ車を用いている。)から商品の荷降ろし作業をしていたが、光政が荷台でパワーゲートを操作して、荷を満載してカゴ車を二個乗せたところ、その重みでパワーゲートが不安定となり、このため、右二個のカゴ車が突然移動して滑り出し、下で荷を支えていた亡教六に向かつて右カゴ車が落下し、このため、亡教六は、カゴ車の下敷となり、多発重度外傷、多発粉砕骨折、頭蓋骨骨折、脳挫傷、脳裂傷、硬膜破損、脳幹部梗塞等の傷害を被り、昭和五八年七月一〇日死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

被告は、加害車を所有して事故のため運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により原告らの後記損害を賠償する責任がある。

3  損害

亡教六及び原告らは、本件事故により次のとおりの損害を受けた。

(一) 逸失利益 三五六四万一二一八円

亡教六は、昭和四〇年八月五日生まれの男子であり、本件事故当時、被告の倉庫作業員として稼働していたものであり、一八歳から六七歳までの四九年間就労が可能であつたものである。昭和五八年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計・全年齢平均の男子労働者の平均賃金は三九二万三三〇〇円であるので、生活費控除率を五〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息の控除をライプニツツ式計算法で行うと亡教六の逸失利益は次のとおりの計算式により右金額となる。

(計算式)

三九二万三三〇〇円×(一-〇・五)×一八・一六九=三五六四万一二一八円

(二) 治療費 一五九万六六九八円

亡教六は、茅ケ崎徳州会病院における本件事故の日から死亡に至るまでの入院治療費として右金額を要した。

(三) 相続

亡教六は、右損害賠償請求権を有するところ、原告らは、亡教六の両親であり、原告らは相続人であるから、亡教六から右損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続した。

(四) 原告らの慰藉料 各七〇〇万円

亡教六の死亡によつて原告らが受けた精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。

(五) 葬儀費用 各三五万円

亡教六の葬儀費用として、原告らが右金額を支出した。

(六) 墓石購入建設費 各五〇万円

原告らは、墓石購入費として二八〇万円の支払をしているが、この内各五〇万円(計一〇〇万円)は本件事故と相当因果関係があるものである。

(七) 弁護士費用 各七五万円

原告らは、被告が任意に右損害の支払いをしないために、その賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したが、右のうち右金額を被告が負担するのが相当である。

(八) 損害のてん補

原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から二〇〇八万三一三〇円、労働者災害補償保険から一五七万二四六八円、被告から二万四二三〇円の支払を受けたから、これを右損害額から各二分の一ずつ控除することとする。

合計 各一六三七万九〇四四円

よつて、原告らそれぞれは、被告に対し、右損害金各一六三七万九〇四四円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五八年七月一一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実中、事故態様を除き認める。

2  同2(責任原因)の事実は認める。

3  同3(損害)の事実中、(一)逸失利益中、逸失利益の額は二七七六万一九五〇円の限度で認める。昭和五八年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計・全年齢平均の男子労働者の平均賃金である三七八万三四〇〇円を基礎とするとしても、亡教六が右賃金を取得できる時期は、昭和五八年九月から三年の見習い期間を経た二二歳からであるから、稼働年数は、二二歳から六七歳までの四五年間である。(二)治療費は認める。(三)相続関係は認める。(四)慰藉料は計一三〇〇万円が相当である。(五)葬儀費及び(六)墓石購入費は計七〇万円を限度として認める。(七)弁護士費用は知らない。(八)損害のてん補は認める。

三  抗弁

1  示談契約

本件事故は、後記のように被告の規則に反して荷降ろし作業の従事中に発生したもので、運転者である光政と亡教六は叔父甥の関係にあつたこともあり、本件事故後原告ら、被告及び光政の三者間で補償に関する話合いが行われた。

その結果、昭和五八年八月二日、光政が原告らに対し、一〇〇万円を支払うことで示談が成立し、同月三日示談金一〇〇万円が支払われた。右示談では、原告らが一〇〇万円を受領したときは、被告に対する損害賠償請求は一切しない旨の合意がなされているから、原告の本訴請求は理由がない。

2  過失相殺

本件事故に至る経緯は、以下のとおりである。

亡教六は、被告大和事業所の倉庫作業員として勤務していたものであるが、その勤務時間は、夜九時から朝七時までであるところ、本件事故当日も、平常通り午前七時に仕事を終えている。同人は自宅から被告大和事業所に原動機付自転車で通勤していたが、当日朝は雨が降つていたためか、光政に対し、原動機付自転車で帰宅したくないから、車に乗せてほしいと頼んだ。当時光政は、原告ら方に同居しており、同日亡教六と二人で、亡教六の実兄が入院している病院に見舞いに行くことを予定していたこともあつて、自らの仕事が終るまで、亡教六を車に乗せることにした。右のとおり、業務とは全く関係なく個人的理由で、亡教六は、午前七時過ぎから、光政の運転する加害車に乗り込んだものであるが、亡教六はすぐに眠つてしまい、光政が配送作業している間中、ずつと眠つたままであつたが、最後の配送先である本件事故現場に至り目を覚ました。亡教六は加害車から降り、光政に対し、荷降ろし作業を手伝う旨告げて、加害車の後方に回り、本件事故にあつたものである。

光政の配送業務は正常に行われており、亡教六の手助けを必要とする事情は全くなく、亡教六が好意で手伝つたとしても、それは、被告の利益とはおよそ関係のない個人的な叔父に対する好意であつたに過ぎない。被告はこのようなことを禁じていたから、被告にとつてはむしろ迷惑である。

パワーゲートの操作は、危険を伴うため、被告では、パワーゲート取扱いマニュアルを作成し、これを運転手は勿論、倉庫作業員にも周知させていた。特に、倉庫作業員が運転手に代わつて、パワーゲートを操作することは一切禁止しており、かつ、運転手は、パワーゲートの操作中は、いかなる場合にも、危険区域内(パワーゲートから二メートルの範囲内)に人を立ち入らせないように厳重に指導を受けていた。倉庫作業員であつた亡教六も、パワーゲートの前面直近に位置することがいかに危険であるか分かつていたはずであり、被告の右禁止及び指導を充分承知していたはずである。本件事故は、カゴ車がパワーゲートの前面に倒れたため、亡教六はその下敷となつた事故であるところ、そもそもパワーゲートの前面に立つこと自体危険であるのに、亡教六は、リフト上のカゴ車を手前に引つ張るようにした形跡すらある(本件事故の直前カゴ車を引つ張つたので光政は注意している。)。更に、亡教六は、本件事故直前まで加害車の補助ベッドで眠つており、いわゆる寝ぼけ眼の状態であつたから、倒れ掛かつたカゴ車を避ける機敏な行動も取り得なかつたことが推測される。

以上のように、寝ざめたばかりで精神的、肉体的にも的確な可動能力を欠く状態で危険な場所に立ち入りカゴ車に手を掛けた亡教六の行為は、著しい過失と評価すべきであり、これが本件事故発生に寄与していることは明らかである。

前記のとおり、倉庫作業員は、パワーゲートを操作することは勿論、パワーゲート付近に立ち入ることは、被告において禁じていたにもかかわらず、これに反し、更に、自らの業務は終了したのに、叔父に当たる光政の運転する加害車に乗り込み、光政から頼まれもしないのに、安易に荷降ろしを手伝おうとしたこと自体、被告に対する公私を混同した背信的行為というべきである。その結果本件事故が発生し、その損害の全てを被告に請求するのは倫理的にも許されず、相当程度の減額があつてしかるべきである。

以上、亡教六の過失による減額要素と倫理的減額要素を勘案すると、少なくとも発生した損害のうち、七割は減額されるべきである。そうすると、原告らの損害は全額てん補済みである。

3  弁済

前記のように、光政は、原告らに対し、一〇〇万円を支払つているから、これを被告の関係でも損害額から控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(示談)の事実は否認する。

昭和五八年八月二日午後八時ころ、被告の従業員内山幸夫(以下「内山」という。)が光政を同道して原告ら宅を訪れ、原告菊池慎一(以下「原告慎一」という。)に対し、一方では、本件事故は勤務時間外に起きたものである等の理由を述べ、責任はすべて亡教六にあるから被告には責任がないと言いながらも、他方では、大変気の毒な不幸な出来事だから今後被告としてもできるだけのことをするつもりであると説明があり、とりあえず、被告が光政に一〇〇万円を貸し付けたから、同人から慰藉料として受領してもらいたいと言つて差し出され、原告慎一はこれを受領した。

その際、内山から予め用意された示談書を提示されて署名押印を求められ、かつ、光政に対して被告が貸し付けた一〇〇万円の返済についても光政の連帯保証人になることを要求されたが、原告慎一としては、内山が今後できるだけのことをすると言つているし、特に、光政が原告慎一の実弟であり、本件事故で業務上過失致死容疑で取調べを受け、身元引受人になつていることも考え合わせ、形式的に示談書の作成が必要だと考え、示談書及び貸金についての連帯保証のため、書面に署名押印したものである。

以上のように、本件示談書は、原告慎一としては、その作成目的を充分に理解しないまま署名押印されたものである。その内容を見ても、原告慎一が被告に対して有すべき権利の一方的全面的な放棄に加え、保証債務の負担をも課されており、示談契約が本来的に帯有する互譲の形跡の一端すら窺えないものである。

右のような経過による本件示談は、名ばかりのものであつて、原告菊池スミはもとより、原告慎一においても被告に対する損害賠償請求権を放棄するという格別の意思はなかつたものというべきで、その契約が成立しているとは到底言えない。

2  同2(過失相殺)の事実は争う。

3  同3(弁済)の事実は認める。

五  再抗弁

仮に、示談契約の成立があつたとしても、抗弁に対する認否欄記載の事実に加え、以下の事情があり、原告らの錯誤によるものであり、無効である。

右示談契約は、原告らが、内山から、亡教六が被告の勤務時間外に行つた作業に起因し、それも亡教六と光政の個人的な関係であつた作業であつたから、被告には責任がない等と説明を受け、この点について錯誤に陥り、被告に対する請求放棄の意思表示をしたものである。

特に、法律的知識に乏しい原告らは、被告に、自賠法三条の加害車の保有者としての責任があることについて、考え及ばなかつたものである。更に、本件事故は、自動車の通常の走行中の事故ではなく、特殊の装置を備えた自動車の、その用法にしたがつた荷降ろしの作業中という特異な状況において発生したものであり、法律上の解明としても困難な要素を含むものであつたことを合わせ考えると、原告らが錯誤にたやすく陥つたことは無理からぬものがあつたといえる。

六  再抗弁に対する認否

錯誤の主張は争う。

内山は、被告の責任について言及していない。ただ、本件事故は、亡教六が勤務時間外に、本来の仕事とは関係なく、光政との個人的な関係で、光政の仕事を手伝おうとして発生したものであるとの説明はしている。

原告らは、示談契約締結当時、労災保険からの補償金につき、労災保険からの遺族補償一時金が支給されることを期待して示談に応じたものであり、被告会社に責任があるか否かは、原告らの示談の意思表示にはなんらの影響もしていないのである。なお、結局労災保険からの補償金は支給されなかつたが、この不支給決定後、原告らは、自賠責保険から二〇〇〇万円余を受領したものである。原告らに示談契約締結時に錯誤があつたとすれば、それは示談後間もなく、労災保険から遺族補償一時金名下に五〇〇万円から六〇〇万円の支給を受けられるものと期待していたからであつて、被告の無責を信じていたからではない。原告らにとつて、示談後その期待は現実となり、これを上回る金額を受領できたのである。ところが、右金員は、労災保険からではなく、自賠責保険からであつたが、この違いは錯誤として示談契約を無効にするほど重要な要素ではないものである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実中、事故態様を除き当事者間に争いがない。また、同2(責任原因)の事実も当事者間に争いがない。そうすると、被告は、原告らの後記損害を賠償する責任があるというべきである(事故態様については、過失相殺と一括して判断する。)。

二  同3(損害)の事実について判断する。

1  逸失利益 三五六四万円

成立に争いのない乙一二号証及び原告慎一本人尋問の結果によれば、亡教六は、昭和四〇年八月五日生まれの死亡当時一七歳の男子であり、中学卒業後、神奈川県立理容学校を卒業し、被告の社員として稼働していたものであると認められる。亡教六は未だ若年であるから、将来の収入増が容易に予想され、その将来の収入は、平均して昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・全年齢平均の男子労働者の中学卒と高校卒との平均賃金を加算して二分した額とするのが合理的であると考えられるが、右の額は三九四万六五〇〇円であり、原告の主張の収入金額を超えるので、原告主張金額である三九二万三三〇〇円を基礎とし、亡教六は、原告主張の就労期間である一八歳から六七歳までの四九年間平均すると右金額の収入があるものと推認されるから、生活費控除率を五〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息の控除をライプニツツ式計算法で行うと亡教六の逸失利益は次のとおりの計算式により右金額となる。

(計算式)

三九二万三三〇〇円×(一-〇・五)×一八・一六九=三五六四万円(一万円未満切捨て)

2  治療費 一五九万六六九八円

亡教六の茅ケ崎徳州会病院における本件事故の日から死亡に至るまでの入院治療費として右金額を要したことは当事者間に争いがない。

小計 三七二三万六六九八円

3  相続

亡教六は、右損害賠償請求権を有するところ、原告らは、亡教六の両親であることは当事者間に争いがない。そうすると、原告らは亡教六の相続人であるから、亡教六から右損害賠償請求権を各二分の一ずつ(各一八六一万八三四九円)相続したものである。

4  原告らの慰藉料 各六〇〇万円

本件訴訟に顕れた諸般の事情に鑑みると、原告らの本件事故により亡教六が死亡したことによる精神的苦痛を慰藉するためは、右金額が相当である(慰藉料額については自白の拘束力はない。)。

5  葬儀費用及び墓石購入費 各五〇万円(計一〇〇万円)

原告慎一本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲七号証の一から三まで、原告慎一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、亡教六の葬儀費用及び墓石購入費として相当額の負担をしているが、そのうち、右金額が本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

小計 各二五一一万八三四九円

6  事故態様及び過失相殺の抗弁

事故態様(事故に至る経緯を含む。)及び過失相殺の抗弁について判断する。

(一)  前記争いのない事実、原本の存在、成立ともに争いのない甲一号証から四号証まで、成立に争いのない乙五号証から一五号証まで、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙一九号証、証人光政の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

亡教六は、被告大和事業所のアルバイト倉庫作業員として勤務していたものであるが、その勤務時間は、夜九時から朝七時までであるところ、本件事故当日も、平常通り午前七時に仕事を終えた。同人は、自宅から被告大和事業所に原動機付自転車で通勤していたが、当日朝は雨が降つていたためか、光政に対し、原動機付自転車で帰宅したくないから、光政が運転していた配送用貨物自動車である加害車(車両後尾に積荷の昇降に適したパワーゲートと称する昇降装置が装備され、これによつて地上の荷物を車両荷台の高さに上げて荷積み、荷降ろしができる構造となつている。パワーゲートは、幅二・一五メートル、奥行き一メートルの鉄製で、床面は手動スイッチ操作により油圧法で自動昇降するもので、許容重量は一トンであり、パワーゲートによる荷降ろしには横八二センチメートル、縦六四センチメートル、高さ一六五センチメートルで鉄製パイプで組み立てられ、下部四隅に車がついており、うち二輪にストッパーがついている重量五五キログラムのカゴ車を用いている。)に乗せてほしいと頼んだ。当時光政は、原告ら方に同居しており、同日亡教六と二人で、亡教六の実兄が入院している病院に見舞いに行くことを予定していたこともあつて、自らの仕事が終わるまで亡教六を加害車に乗せることにした。右のように亡教六は、午前七時過ぎから光政の運転する加害車に乗り込んだものであるが、亡教六はすぐに眠つてしまい、光政が配送作業してい間中、ずつと眠つたままであつた。最後の配送先である本件事故現場に至り目を覚まし、加害車から降り、光政に対し、荷降ろしを手伝う旨告げて、加害車の後方に回つた。

亡教六は、加害車から荷降ろし作業の手伝いをしていたが、光政が荷台でパワーゲートを操作して、パワーゲートにはカゴ車を一個ずつ乗せておけば安全にもかからわず、荷を満載したカゴ車を二個一緒に乗せたため、その重みでパワーゲートが若干傾いて不安定となり、右二個のカゴ車が突然移動して滑り出し、下で荷を支えていた亡教六に向かつて右カゴ車が落下し、このため、亡教六は、カゴ車の下敷となり、前記のように多発重度外傷、多発粉砕骨折、頭蓋骨骨折、脳挫傷、脳裂傷、硬膜破損、脳幹部梗塞等の傷害を被り、昭和五八年七月一〇日死亡した。

ところで、被告は、パワーゲート取扱いマニュアルを作成し、運転手に、パワーゲートの操作中は、いかなる場合にも、危険区域内(パワーゲートから二メートルの範囲内)、特に、パワーゲートの前面二メートルの範囲に立ち入ることを禁止し、その旨指導していたが、必ずしも運転手には守られておらず、ましてや、倉庫作業員に対しては、パワーゲートの操作をしないこともあつて、安全教育していたとはいえなかつた。

(二)  右事実に徴すると、本件事故発生につき、光政と亡教六の過失を対比すると、光政は、パワーゲートによる荷降ろし作業が危険であることを亡教六に告げ、亡教六にその場所に近付かないようにさせなければならなかつたにもかかわらず、安易に亡教六に荷降ろしの手伝いをさせたうえ、その荷降ろしの仕方が適切さを欠いたため、カゴ車を落下させたものであり、その過失は極めて大きいものである(運転手に対する安全教育をしていたとしても、本件においては、運転手である光政がそれを遵守していなかつたのであるから、被告に有利に斟酌することはできないものであり、また、本件事故に至る経緯中にも、過失割合に影響を与えるべき事情は存しない。)。他方、亡教六には、荷降ろしに危険な場所で、荷降ろし作業を手伝つたことに若干の過失があり、その両者の過失を対比すると、亡教六にも本件事故発生につき一割の過失があるものとするのが相当である。そこで、右損害から右割合による過失相殺をすることとする。

小計 各二二六〇万六五一四円(円未満切捨て)

7  示談契約の抗弁

(一)  成立に争いのない乙一、二、一六号証、証人光政の証言、原告慎一本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、昭和五八年八月二日、被告の社員の内山が原告ら宅に赴き、原告ら及び光政と話し合い、光政が原告らに対し、一〇〇万円を支払い、原告らは、被告に対し、損害賠償請求は一切しない旨を内容とする示談が成立し、示談金一〇〇万円が支払われたこと、その際の光政の負担する一〇〇万円は、同人が被告から借り受け、これにつき原告慎一が連帯保証する旨約したことが認められ、原告慎一本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定の事実に反する証拠はない。原告らは、右示談が、被告との関係において互譲の形跡がない旨主張するが、本件事故につき、加害者側である光政及び被告両名との関係でみると、極めて不十分ではあるものの互譲の形跡が全くないとまではいえない。

(二)  次いで、原告らの錯誤の再抗弁の主張について判断する。

(1) 前掲乙一、二、一六号証、証人光政の証言、原告慎一本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

原告らは、被告の社員である内山から、本件事故は、亡教六が勤務時間外に本来の仕事とは関係なく、光政との個人的な関係で光政の仕事を手伝おうとして発生したものであるとの説明を受けていること、示談契約締結当時、亡教六の入院治療費については労災保険から支給があり、労災保険から数百万円の遺族補償一時金が支給される見込みがあつたこと、事故の態様が自動車事故としては特殊なものであつたため、原告らは、被告に自賠法三条の運行供用者責任が生じることに気が付かずに、前記示談に応じたが、その後、労災保険からの支給がなされず、また、被告に自賠法三条の運行供用者責任が生じることに気付き、自賠責保険に対し、自賠法一六条による被害者請求をし、その支払を受けている。

以上の事実が認められ、原告慎一本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定の事実に反する証拠はない。

(2) 右事実に徴すると、原告らは、右示談当時、被告の責任の有無、程度についてどの様に考えていたかは必ずしも明確ではないが、本件事故の補償として労災保険から遺族補償一時金が支給される見込みがあつたこと及び被告に自賠法上の運行供用者責任があることに気付かず、それ故に示談に応じたものであるというべきであり、右の各事実、特に運行供用者責任の有無は、原告らの、被告に対する損害賠償請求権の有無及び額に極めて重大な影響があるものであるから、右の点の錯誤は、右示談契約の要素に錯誤があるものというべきであり、原告らの再抗弁は理由がある。

被告は、労災保険の支給がなされなくとも、それより多額の自賠法による支給がなされているから、錯誤の主張は理由がない旨主張するが、原告らは、被告の自賠法上の運行供用者責任についても錯誤があつたものであるから、被告の主張はこの点を看過しており失当である。

したがつて、被告の示談の抗弁は理由がない。

8  損害のてん補及び弁済の抗弁

原告らが、自賠責保険から二〇〇八万三一三〇円、労働者災害補償保険から一五七万二四六八円、被告から二万四二三〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、光政から一〇〇万円の支払を受けたことも当事者間に争いがない。これらを右損害額から各二分の一ずつ控除することとする。

小計 各一一二六万六六〇〇円

9  弁護士費用 各一一〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告が任意に右各損害の支払いをしないので、その賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことが認められ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用として被告に損害賠償を求めうる額は、右金額が相当である。

合計 各一二三六万六六〇〇円

三  以上のとおり、原告らそれぞれの本訴請求は、被告に対し、右損害金各一二三六万六六〇〇円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五八年七月一一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからいずれもその余の請求は理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言については同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

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